【読書】圧倒的文才で見たくないところまでくっきり描かれる『静かに、ねぇ、静かに』本谷有希子
愛聴しているラジオ番組アトロクに本谷有希子さんが出演されているのを聴き、話があまりにも面白かったので購入。
本谷有希子さんは「劇団、本谷有希子」を主催する劇作家・演出家でもあると同時に小説家でもあり芥川賞をはじめ三島由紀夫賞など様々な受賞歴のあるウルトラ才人。
話し方はとてもやわらかいのに作り出す舞台、小説はとにかく人の、というか自分の嫌なところをこれでもかと見せつけてくるエグいものが多い。
今回の『静かに、ねぇ、静かに』は3編の中編からなる作品。
帯には「本谷有希子が描くSNS狂騒曲」と銘打たれているけど、この本はSNSというよりも自分以外の社会との折り合いがつかない人たちの話ではないかと感じた。
1本めの「本当の旅」は3人の自意識をこじらせた40代男女のマレーシア旅行記。
常にオンラインに自分たちを映すことで現実を綺麗に加工して実況中継しないと生きていけない人たちの物語。じわじわと不穏な現実が迫ってきているのに目を背けて、オンラインで現実にポジティブな加工を繰り返すけどやがてそれが追いつかなくなり現実に追い越されてしまうという話。
劇中の人物たちはポエムチックなステキな台詞を吐き続けて、3人の中だけで承認し合う。
「これでなんか言った気になってるの?」と登場人物たちの台詞にイライラすると同時に、自分にもこういうとこあるよなぁ、とブーメランで自尊心がボロボロになっていって痛い。
2本目「奥さん、犬は大丈夫だよね?」はレンタルキャンピングカーで旅行に行くことになった2組の夫婦の話。ネットショッピング依存症になっている奥さんの目線で語られる。
奥さんは夫に対して何も期待していないし、そもそも夫を必要としているかもわからない。
ネットショッピングを通じてしか、なにかを必要であるということを実感できない。
夫が遭遇してしまう悲劇さえ実感できず、悲劇を通じて生じる「必要なものができる」ということに冷たい期待をしてしまう。
3本目の「でぶのハッピーバースデー」も夫婦の話。「でぶ」という名で呼ばれる奥さんの目線で語られる。
40代ほどと思われる夫婦は勤め先が倒産したことにより、夫婦同時に失業する。
この物語は希望とか絶望すらも諦めてしまった人たちの話。1・2本目の主人公たちがやがて辿り着いてしまうであろう場所を語っているよう。
静かな話だった。
静かで、恐かった。
なにもかもを諦めた先にある風景を見てしまったような感覚に襲われた。
この本のどの作品も徹底的に、加工されていない恐ろしいまでに鮮明な人生を突きつけてくる。
見たくないものがくっきりと描かれているので読んでいる途中は陰鬱になるけれど、3編全て読むとなぜか心地よかった。体力に余裕があるときに読むのがおススメです。